視界が晴れた、そこには眩い光しかなかった。



Hands -EPISODE1 01-


 体が軽い。まるで、何も俺はまとっていないような気持ちがした。だが、かろうじて俺は白い一枚の布をまとっているようだ。俺が歩くたび、伸びきった髪の毛がじゃまくさい。
 どれだけ歩いただろう。いいかげん、汗ばんだ額に張り付いた髪がうっとうしい。第一、俺はいったい何処に向かっているのだろうか。歩いても、歩いても、何も変わらない場所を進みつづける。目的地も、意味もわからないまま。

「起きろ」
 あくまでその声は、冷たく淡々とした声で言った。
「いつまでそうしているつもりだ、朝もう、とっくにきてるぞ」
「痛っ……なにすんだ! いきなり…」
 男は俺の腹に一撃を食らわすと、部屋を出て行った。仕方なく、床から体を起こすと、男が蹴ったところがジーンと痛む。適当にそこにあったシャツとズボンを着てから男の後を追うようにして部屋を出て行く。
「あら、今日はキチンと起きれたのネェ」
 微笑みながら女はそういった。余計なお世話だ、と、心が喋りだしてとまらない。それを何とか押さえつけ、朝の一杯を飲みに食卓に向かう。
「今日は、学校お休みなんじゃなかったっけ? そういえば。」
「そうだよ、ったく、誰かさんがいきなり蹴って来るんだもんな、休みだって言うのに早く起こされた俺の身にもなってほしいね。」
 不機嫌そうに顔を向けると、男はにやりと一言。
「早寝早起き」「うるせぇ、ばぁか」
 俺はその後、さっさと家を出ていった。
 日差しが強い。蒸し暑い風が俺を何度も通り抜ける。うちわの一つでも持ってくればよかったか。今更ながら後悔するが、今日はなんだかあの家に帰る気がしなかった。
 ふらふらとその辺を歩いていると、騒がしい音が遠くから聞こえる。そのうち、大きな音をたてて2度花火が上がった。そうか、今日はどこかの小学校の運動会か何かだったっけ。ちょうど秋頃になると、よくこんな騒がしくなっていた。ポケットに手を突っ込むと、何かが指先に触れた。引っ張り出してみると、小さな紙切れ一枚。コンビニのレシートでもなく、ガムの包み紙とかタバコの包装でもない。くしゃくしゃになったソレを破かないようにゆっくりと広げてみた。微かに、何か書いているようだが……なにせ薄くてよくわからない。ふと出てきたばかりの陽に当ててみると、なんだかやっと読めるくらいの文字が出てくる。俺は目を凝らして微かなすかし文字を読み取った。
「裕太……って、俺の名前?」
 何だか不気味だったが、俺の名前が書いてある以上捨てるわけにも行かない…な。
 どうしようかと迷っていた時だった、悲鳴が聞こえたのは。すぐ後に車と何かがぶつかる音がした。ここから遠くない、俺は走って音がした方向へ行ってみた。
 小さい路地を抜けると、独りの女が道路のど真ん中に倒れている。どうやら息はしているようだが……彼女をぶつけて行った車が見当たらない。ひき逃げ、か、とため息をついて俺は救急車を呼んだ。



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